「今月の国 特集」、第2回はパレスチナです。
パレスチナは、現在のところ、正式に認められている主権国家ではありませんが、Kivaが支援している地域のひとつです。
今回はパレスチナの歴史や料理、そして貧困やマイクロファイナンスについて特集します。

目次

  1. パレスチナって?
  2. パレスチナの歴史
  3. パレスチナ料理
  4. パレスチナの貧困事情
  5. パレスチナのマイクロファイナンス事情

パレスチナって?

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出典:http://palestine-heiwa.org/map/s-note/

パレスチナという土地はありますが、パレスチナという国はありません。一般的に「パレスチナ」というのは、パレスチナ自治区にあたる地域、もしくはパレスチナ暫定自治政府を指します。パレスチナ自治区も、ひとつながりの土地ではなく、ヨルダン川西岸と、ガザ地区と呼ばれる地域に分かれています。

昔からパレスチナと呼ばれた地域としては、だいたい、現在のイスラエルとパレスチナ自治区、ヨルダンのうちの東部の砂漠以外の地域、それからレバノンとシリアの一部が該当します。パレスチナ人とは、もともとパレスチナあたりにに住んでいたアラブ人と、その子孫を指します。パレスチナという言語や、宗教がある訳ではありません。パレスチナ人の中では、イスラム教徒が多いですが、中にはキリスト教徒の人もいます。

ユダヤ教の聖典である旧約聖書ではパレスチナの地は、神がイスラエルの民に与えた約束の地であると説かれていて、そのため、ヘブライ語では「イスラエルの地」とも呼ばれるようになりました。

パレスチナの土地の面積は、およそ2万7千平方キロメートルで、このうち、ヨルダン川西岸が三重県くらいの大きさ、ガザ地区は、種子島くらいの大きさです。

パレスチナ自治区には、約380万人のパレスチナ人が住んでいます。また、そのほか、ヨルダンに約270万人、イスラエルにも約130万人が住んでいます。
世界全体では、約1000万人のパレスチナ人がいますが、このうち、400万人が、難民という状態です。難民の数は、世界一で、世界中の難民の約4分の1がパレスチナ人だと言われています。

パレスチナの歴史

パレスチナの語源は、「ぺシリテ人の土地」という意味。今のパレスチナ(昔は「カナン」と呼ばれていた)地域の地中海沿岸地域周辺に住んでいた民族の名前から来ています。ただし、 「ペシリテ人」は民族としては、その後歴史から消え、今のパレスチナ人と直接の関係はないとされています。

パレスチナには、紀元前10世紀頃、イスラエル王国が建設され、エルサレムを中心に繁栄しました。イスラエル王国が崩壊した後には、周辺諸国の支配を受け、紀元2世紀に当地を治めたローマが、属州名をユダヤ属州から、シリア・パレスチナ属州と改名しました。この地がパレスチナと呼ばれるようになったのは、この時からと言われています。

その後、7世紀にはイスラム帝国の支配下に入ります。11世紀には、ヨーロッパから十字軍が遠征してきて、エルサレム王国が建国されますが、12世紀末にはアイユーブ朝に奪還され、その後、パレスチナはエジプトを支配する王朝の支配下となります。16世紀に入ると、エジプトのマムルーク朝を滅ぼしたオスマントルコがパレスチナの新しい支配者となります。

19世紀に入って、ヨーロッパなどでマイノリティーとして迫害を受けていたユダヤ人が、パレスチナに入植を始めます。第二次世界大戦の終戦後、ユダヤ人は1948年にイスラエルの建国を勝ち取りますが、同時に多くのパレスチナの難民が発生しました。

1948年から1967年まで、第一次~第三次中東戦争が起こり、イスラエルが勝利、領土を拡大しますが、1987年になると、パレスチナ人による大規模な抵抗運動が、占領地の全域で起こります(第一次インティフィーダ、大衆蜂起)。

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出典:http://cybersilva.wordpress.com/2008/12/30/basta/

こうした中、和平への機運が徐々に高まり、イスラエル政府とパレスチナ解放機構(PLO)は、1993年にオスロ合意を締結、パレスチナの一部でPLOによる暫定自治が開始されました。しかし、和平派であったイスラエルのラビン首相が、右派ユダヤ人に暗殺されると、和平に向けた話し合いは頓挫、再び、双方間のゲリラ攻撃や軍事行動が激化しました。

2008年末から翌2009年1月に起こったイスラエル軍によるガザ地区への侵攻では、民間人を含む約1400人のパレスチナ人が犠牲になりました。現在、ガザ地区では、2006年のパレスチナ立法評議会(PLC)での選挙で過半数を獲得したイスラム組織、ハマスが支配しています。一方のヨルダン側西岸地域では、依然、和平推進派であったファタハの影響が強い状態です。このように、パレスチナ自治区は、地理的にも、政治的にも二分された状態となっています。

パレスチナ料理

パレスチナ料理は、パレスチナ地域に住むアラブ人(パレスチナ人)が食べるものを一般にパレスチナ料理と呼んでいますが、歴史的な経緯から、周辺諸国の食文化の影響を強く受けています。「パレスチナ料理」と聞いてもピンと来ない人が多いせいか、日本にあるパレスチナ料理のお店の中では、「地中海料理」「トルコ料理」といった分類で、お店を出しているところもあるようです。パレスチナ料理の特徴は、現地でとれるナッツやハーブ(香辛料)を生かした料理で、スパイスといっても日本人にとってそんなに辛くはありません。ここでは、パレスチナ人が食する代表的な料理をいくつか紹介します。

ホンモス(フムス、ホムス(Hummus))

ピタパン、パレスチナ風ローストチキンと一緒に盛られたホンモス

ひよこ豆のペーストです。パレスチナ料理には欠かせません。柔らかく茹でたひよこ豆をプロセッサに入れ、それに、ゴマペースト(タヒニ)、にんにく、塩、レモウンソルトまたはレモン汁、オリーブオイル、水を加えて更になめらかでクリーミーになるまで攪拌します。ピタパンにつけて食べると美味しいです。

マクルーベ(Maqluba)

アラビア語で、「引っくり返す」という意味の、パレスチナの伝統料理。鶏肉と野菜の炊き込みご飯。

焼いた鶏肉や、油で揚げた野菜(じゃがいも、ナス、カリフラワーなど)を鍋に敷き詰めて、その上にお米をのせてスープを注ぎ、強火で煮汁がなくなるまで炊きます。大きな鍋で炊き上げて大皿に「引っくり返し」、みんなで食べます。

マンサフ(Mansaf)

煮込んだ羊肉とヨーグルトの炊き込みご飯。

羊肉(代わりに鶏肉を使うこともあるが基本は羊肉)、お米(細長くパラパラしたバスモティ米がベスト!)に、サフラン、ヨーグルト、他には塩・胡椒を使います。羊肉はいったん下茹でし、沸騰したお湯にヨーグルトや胡椒・ローレルなどのスパイスを加えて、煮込みます。煮込みスープを使い、ご飯を炊き、サフランで香り付けします。地方によって、刻んだアーモンドかピーナッツを揚げたものをトッピングしたり、一緒に炊き込んだりします。最後に温かいヨーグルトソースをかける場合もあります。

マハラビア(Mhalabeyah)

マハラビア
エジプトやレバノンなどの中東諸国でもよく食べられるスイーツで、言ってみればミルクプリン。

 

牛乳と砂糖を混ぜて鍋でゆっくり弱火で温め、ココナッツとコーンスターチを更に加えます。ローズウォーターを加えると、よりフルーティーな香りを楽しむことができます。冬は温ったかい状態で、夏は冷やして食べますが、冷やす場合は、コーンスターチを多めに入れます。シナモン、ココナッツ、ドライフルーツなどを適当にトッピングしてできあがり。家庭で簡単に作れます。

10月31日に開催しました、Kivaのエスニック料理会(パレスチナ料理)では、上記のうち、ホンモスとマハラビア、ほかにはローストチキンを作りました。詳細はYouTubeにアップした動画をどうぞ!

 

パレスチナの貧困事情

パレスチナの自治区の境界は、現在、イスラエルによってコントロールされていて、物資の輸送や人の行き来が自由にできないことが、パレスチナの経済状況を悪くしています。ガザ地区においては、2007年6月より、イスラエルによって「封鎖」されています。2008年末から2009年1月に起こったイスラエル軍によるガザ地区への大規模な軍事攻撃によって、多くの家や学校、病院、インフラ設備、農地などが破壊され、状態は更に悪化しました。復興に必要な物資もなかなか手に入らない上、以前はイスラエル側で働いていた人も、移動の制限から職を失ったままとなっています。今やガザの産業の9割は壊滅しているとまで言われています。2010年1月~3月までのガザ地区の失業率は39%で、特に働き盛りの30歳以下の失業率は57%となっています。

また、ヨルダン側西岸地域においても、イスラエルが「パレスチナ側からのテロ攻撃を防止する」という名目で作った高さ7m超の隔離壁が、グリーンライン(事実上国際的にイスラエル領を定める休戦ライン)から深くパレスチナ領に入り込み、パレスチナの自治区内の拠点間を分断する形で建てられています。この総長700km超にも及ぶ「鉄の壁」がパレスチナにおける物や人の移動を制限し、パレスチナの経済や生活に深刻な影響を与えています。

< ヨルダン側西岸 入植地分布と分離壁ルート図 >

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出典:http://cybersilva.wordpress.com/2008/12/30/basta/

また、ヨルダン側西岸地域におけるパレスチナ自治区では、イスラエルからの入植者が増え続けていますが、一方で、パレスチナ人が新しい家屋を建てることは厳しく制限されており、許可を得られないまま建築した場合は、強制的に破壊・撤去されてしまいます。人口増加率6%で増えていくパレスチナの人口に対して、家屋建築の制限で供給が追いつかず、他国への難民となったり、テント生活を余儀なくされるケースが増えています。パレスチナ自治政府側には、自治区における水の主権もないため、例えば水の供給も、イスラエル人入植者がひとりあたり年間約600立方メートルの水を使用できるのに対して、パレスチナ人には、年間約140立方メートルと、約4分の1となっています(ちなみに日本は年間約700立方メートル)。

なお、貧困率は、2006年11月時点で、パレスチナ全体で55.6%(ヨルダン川西岸地区 43.2%、ガザ地区 79.8%)となっています。

パレスチナのマイクロファイナンス事情

パレスチナを対象としたマイクロファイナンス機構(MFI)は、大きなところで8つ存在し(ACAD、Al Rafah Bank、ASALA、FATEN、PARC、Reef、Ryada、UNRWA)、2009年での融資総額は約1億円強、借り手の規模は約5万人です。8つのMFIのうち、3つはイスラエルに本部があります。また、Kivaが支援しているMFIはFATENおよびRyadaで、Kivaこれまでに500人以上のパレスチナの起業家に融資を行っています。イスラエルとパレスチナ間では、政治的には、現在も対立が続いて和平にはほど遠い状況ですが、Kivaを通じて、イスラエルの人がパレスチナ人に融資をしているケースもあります。

パレスチナにおけるマイクロファイナンスの規模は年々大きくなっているものの、治安や移動の問題もあり、「お金が手元あっても、生業に必要な物資を入手しづらい」という困難が存在します。Kivaも、治安上の問題から、Kivaスタッフによる直接のフィールド調査ができていないのが現状です。各国から物資の支援は現地に届くようにはなっていますが、一方で、救援物資に現地の人が慣れてしまい依存心が高まってしまう副作用を心配する声もあります。経済の復興や貧困からの脱却のため、治安の確保と共に、より自立を促す環境が求められます。

 

パレスチナのKivaフィールドパートナー(マイクロファイナンス機関) 一覧

* データは2010年11月現在のものです。
Ryada, a partner of CHF International
Risk Rating (格付け)
Time on Kiva (Kivaとの提携期間) 23か月
Kiva Entrepreneurs (Kivaでの融資者数) 247人
Total Loans (融資総額) $524,650
Portfolio Yield (利息・手数料) 16%
Profitability (収益性) 29.38%

Ryada (formally The Access to Credit for Palestine Program - ACP) は、CHFインターナショナルが運営するマイクロファイナンスプログラムです。パレスチナ自治区の ヨルダン川西岸やガザで住宅所有者や中小企業のオーナー、零細事業主が夢を実現させ、生活の質を向上させるために活動しています。 Ryadaが1995年に運営を始めてから、パレスチナ自治区では金融サービスの提供者として必要とされています。

Ryada とは「パイオニア」を意味し、機関のビジョンを具現化しています。サービスの質をよくしていくため努力を重ねる、金融サービス提供者のリーダー的存在です。

Ryadaのミッションはパレスチナの人々の生活水準を向上させるために、安定した効果的かつ持続可能な方法で、需要の高い金融サービス各種を提供することです。対象者は、商業銀行で融資を受けられない低・中所得パレスチナの人々です。 Ryadaは、リフォームや新しい家の購入と同様、事業発展のために必要な資金を提供しています。
現在5支店を運営しており、パレスチナ自治区全体にサービスを提供しています。

 

Palestine for Credit & Development (FATEN)
Risk Rating (格付け)
Time on Kiva (Kivaとの提携期間) 16か月
Kiva Entrepreneurs (Kivaでの融資者数) 327人
Total Loans (融資総額) $617,275
Portfolio Yield (利息・手数料) 16%
Profitability (収益性) -2.17%

FATENは、経済活動を行う個人事業家(特に女性)に対し、小口融資を行う非営利団体です。
FATENは1994年、Save the Children Federation USのプログラムの一環として始まり、その後分離して、1999年に完全に独立しました。

Palestine for Credit & Development "FATEN"は、質が高く持続可能な金融サービス各種を提供する国内の非営利法人のパイオニアです。
FATENのミッションは、低所得かつ小規模な企業や零細事業主に対し、パレスチナの優秀なスタッフと高度なインフラを通し、家族のエンパワーメントやコミュニティの発展に対する努力に貢献していくことです。特に女性への支援に力を入れています。

 

 

参考文献およびサイト

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