(原文)http://www.ssireview.org/articles/entry/the_profit_in_nonprofit/

2004年,Jessica JackleyはVillage Enterprise Fund(VEF)というNPO(非営利団体)のためにケニヤ,タンザニア,ウガンダの郊外で調査を始めました.VEFはサンフランシスコのベイエリアにある非営利団体で,東アフリカの中小企業に対し小規模ながら交付金を交付したり,ローンの貸付を行っています.数ヵ月後,彼女の夫であるMatt FlanneryがJessicaを訪ねます.彼はこのときカリフォルニア アルヴィソにあるTivo(訳注: Tivoは全米で普及しているTV番組録画装置およびそのサービスを行う企業)のプログラマーでした.小規模ビジネスの経営者に話を聞くために数回各地を旅しましたが,その間2人はアフリカで奮闘している起業家を助けるためのベストな方法についてずっと議論していました.

1年前,Jackleyはグラミン銀行の創設者であるMuhammad Yunus氏がマイクロファイナンスについて講演することを聞き,その講演会に参加しました.「私の頭と心,両方が反応しました.」と彼女は当時を振り返って言います.「私の頭はマイクロファイナンスは効果的でパワフルで役に立つと言いました.しかし最も重要なことは私の心が言ったことです.Yunus氏が貧しさについて話している様子は美しく,礼儀正しく,荘厳でした.私はこれまで多くの非営利団体のメッセージを聞いた後に感じていた罪悪感や恥ずかしさといった感情を感じませんでした.その代わり,私はそこにいたい,人々のストーリーを聞きたい,クライアントと一対一で話したいと思いました.

東アフリカで,FlanneryとJackleyは寄付を集めるよりもローンを促進させたいという意見で一致しました.数週間のブレインストーミングの後,彼らはすぐにKivaの基本的なアイデアを思いつきました.最初,2人は数人の友人や家族で少数の東アフリカの起業家の資金援助を行うことを考えていました.そしてそれは結局,思いもよらなかったことでしたが,自己規制されたオンライン貸付市場へと進化したKivaとなったのでした.Kivaではマイクロファイナンス機関(MFIs)が開発途上国で小規模ビジネスを行う人々へ資金提供するためのローン資金を集めることができます.

米国への帰路の途中,2人はマイクロファイナンスの関係者たちと設立しようとしているベンチャーが非営利であるべきか,もしくは営利であるべきか,など多くの問題について何度も議論を重ねました.同業者からの何カ月もの疑義,反対,拒絶を受けたにもかかわらず,2人はKiva(スワヒリ語で調和,同意を意味する)を設立しました.2007年の終わりまでにKivaは歴史上最も早い成長を遂げた非営利団体の1つになりました.

非営利であること自体がユニークな挑戦ですが,Kivaが501(c)(3)であることもたくさんの予測できない恩恵をもたらしました.PayPalやYouTubeといった大企業が気前よくKivaに寄付をしてくれました.シリコンバレーの一流企業やインターネット技術者たちも自ら時間や情熱をKivaに注いでくれました.

「状況は急速に変化し,ハイブリッドな社会起業家たちがいたるところで誕生していますが,人々は依然として501(c)(3)であることの制限について多くの誤解をしています.」とJackleyは言います.しばらくの間Kivaは非営利団体でありつづけます.「501(c)(3)はただの税金コードです.宗教ではありません.」と彼女は言います.「私たちはいいかどうかは別にしてビジネスライクに考えています.そして非営利団体であることの制限からできるだけ悪影響を受けないよう努力しています.」

(翻訳:相坂 一樹)

 

障害の多い場所

Flannery と Jackleyが最初にそれを考案したときには、Kivaのビジネスプランはとてもわかりやすいものでした。: オンラインプラットホームで、人々は開発途上地域における中小企業(SMEs)に投資できます。 (Kiva働き方の概観に関しては70ページの“Kiva’s Loan Cycle”を見てください。) ユーザはウェブサイトにログオンし、Kivaが慎重に選んだ借り手の個人アカウントを読みます。そして、PayPalアカウントかクレジットカードを使って25ドルを借り手に融資します。

そして、MFIsは資金をすぐに借り手に提供します。 返済は1年間にわたってなされます。返済は再融資するかpocketing itするかを選ぶことができます。 また、貸付契約がきちんとなされている間、ユーザは彼らの借り手に関してMFIsから頻繁なアップデートを受けるでしょう。

彼らのモデルの簡明さにもかかわらず、Flannery とJackleyはマイクロファイナンスの専門家から強く反発されました。「非難は供給面と需要面の両方に関するものでした。」と、Jackleyは言います。 「供給面において、評論家は、借り手を調べるのに、時間と努力が必要とされ、そして、彼らの情報ををウェブに掲示する必要があるため、その考えは計り知れない、と言いました。」「そして、評論家は、需要面においては誰のためのものであるのか、と言いました。 少額融資は投資でもなく、また寄付でもありませんでした。 「だれもこの奇妙で、中性的なプロダクトで何をしたらよいかがわかりませんでした。」と、彼女は言います。

別の問題は、どのくらいの利息(もしあれば)をKivaが借り手に請求し、貸し手に返すかということでした。 Kivaの創設者はもともと、彼らのローンのときに利息を得るオプションを貸し手に提供して、貸し手を引き付けるとともに、普通の裕福なドナーと貧しい受益者の階層構造をより平等主義の貸し手借り手関係に変えたがっていました。しかし、戻っている貸付金利息は証券取引委員会(SEC)の目でローンをセキュリティに変えたかもしれません。 公衆に担保を入れるのはSEC要件に関する長い一覧表の引き金となるでしょう、ローンを十分担保によって保証して、米国会計基準に従う実体だけを投資するのを含んでいます。

また、Kivaの創設者は、非営利の組織にするかそれとも、営利目的の組織にするかも討論しました。非営利団体としてKivaを設置するのは、創設者がサイトをUPして、活動する最も速い方法でした。しかし、彼らは、慈善団体のほうが寄付よりもローンを広げることができるかどうかをすぐに確かめることができませんでした。 また、Kivaとその貸し手が融資元金の返済と利益で、彼らが利子を請求するならどんな税金に直面しているかが不確かでした。

最終的に、懐疑論者は、Kivaが、貧困から多くの人々が脱するのを実際に助けることができるかどうか疑問に思っていました。 マイクロファイナンスが世界貧困に重大な影響を与え、MFIsが世界経済に結び付けられ、資本市場を利用する必要があるのだろうかという共通した推測は循環しました。 しかし、ほとんどのMFIsは商用銘柄投資への資格を得ませんでした。 むしろ、彼らは特に自分達の操作の下積み時代の間、寄付に依存しました。オブザーバーは、Kivaが妥当な数の借り手で組織が確立するのを助ける信用がおける実績をどうしたら見つけることができるかを問いました。

(翻訳:後藤真実)

 

とにかくやってみる

2004年12月までに、FlanneryとJackley 自身もこのアイデアを追求するべきか疑問の思うようになった。反対する人たちの多さと殆ど進歩していないこともあって、やる気がなくなってきたと Jackleyがいう。しかし、諦める代わりに創設者はもっと簡単な計画で先に進むことを決めた:非営利団体になること。

47の弁護事務所に連絡した後、Flannery はようやくKiva の非営利団体設立を手助けしてくれる弁護士をみつけた。次に創設者達はJessica のVEF 研究中に会った牧師のMoses Onyango と一緒に小さな融資でベネフィットを得られるウガンダの起業家7名を確認する作業を行った。

SEC (米証券取引委員会)との関連がもつれる可能性を避けるため、そして「融資を通して人々の関係を作り、貧困を緩和する」というコア・ミッションに焦点を絞るために Kivaのウェブサイトではレンダーに利子を提供する仕組みは必要はないとFlanneryとJackleyは決めた。当時に、地元の起業家に融資を配分する MFI パートナーは一般的な金利をもらって、金利収入を得ることにする。このように、MFIではなく、個人の貸し手が借り手の債務不履行にリスクを持つことになる。突如、MFIたちが自由で柔軟性があって、寛大な負債資金を真新しい財源―世界中の個人貸し手―から利用できるようになった。

2005年4月に創設者が300人の知人にKivaとKiva のミッションとその時点でスポンサしていた事業家の説明をメールした。2日間で、団体は$3500を集めて、7件の事業全てに資金の提供ができた。その時、Kivaは最初のオンラインP2P (ピアツーピア)マイクロクレジット市場となりました。

Onyango はKivaのウェブサイトをブログの場として活用し、起業家のアップデートや中間報告を記入した。このプロフィールが貸し手にサイトを再確認する理由を与え、更に融資をする切っ掛けにもなった。

2005年10月までに、最初の融資の一連を返済した。FlanneryとJackley は正式にサイトを立ち上げることを決めたー「基本的な意味として、友だちにプレスリリースを書いてもらって、ウェブサイトから“ベータ”という文字を取り除くことだった」とJackleyが言う。Kivaは次にOnyango と一緒に新たなウガンダの起業家を50名探す作業をした。

プレスリリース後数週間、Kiva のサイトはやや静かだった。それで、2005年11月半ば、「何かが起きた」とFlannery は Innovations の2007年冬春号に説明した:

「その日は普通に始まった。Caltrainに乗って仕事に行って、コンプータにログインした。Kiva のアドレスに1000近くのメールが届いていた。データーベースのログを確認したら、その朝に1万ドルが集まっていて、サイトの融資が全部完売だった。なぜ?私たちは世界のトップブログの一つ「Daily Kos」に紹介されていた。その日のうち、100万人以上の方がKiva のことを読んで、オンラインで活発的に話し合っていた。」

間もなく、Flannery はTiVo での仕事を辞職して、CEO としてKivaを作り始めた。同時にJackley はスタンフォード大学院商学部でMBA を追求した。「この上なく素晴らしいものが手に入ると思ったー私が既に学びながらKiva が成長している間、新しいアイデアやリソースを持ってこれて、私の学生ローンで生活ができる」とJackley が言う。「同時にMatt が技術の天才としてサイトを創り上げる。」

(翻訳:Leslie M. Nielsen)

 

チャリティーの有利さ

FlanneryとJackleyは、実際の立ち上げ資金を集めたわけではなかったが、Kivaのミッションに力づけられた情熱的で、才能のある、献身的なスタッフを魅了していった。チームは、急激に成長し、協業、マーケティング、技術、広報の責任者を組み入れていく。23人のフルタイムの雇用者(ほとんどが20から30代)が、1ヶ月間プロボノとして働いた(プロフェッショナルが公共のサービスとして無報酬で働くこと)。「これは自分のプロジェクトだ、とすぐに感じました。大きな夢の成否が自分の手に掛かっていると分かるとやる気が起きます。」Jackleyは回想する。

Kivaが非営利活動であることを部分的な理由として、Kivaは何百人ものボランティアを得ることが出来、役員にリード・ホフマン(LinkedIn社CEO;Paypalの前上級副社長)、ジェニー・シャイリング・スタイン (Draper Richards財団幹部)、ジェフ・デイビス(マイクロファイナンスを加速させるシアトルのNPO Unitusの元CEO)が加わった。

Kivaは、インドのMFIで働きながら研究休暇を最近までとっていた、PayPalで6年のベテラン、プレマル・シャアも惹き付けた。シャアは、Kivaの理事長になるため、MicroPlace社をやめた(MicroPlace社は、eBay社が所有し、Kivaと少し違う、潜在的競争力のあるMFIへの投資モデル営利企業のオンライン融資会社)。MicroPlaceとPayPalがeBayの会社であるにもかかわらず、Kivaが非営利であることを大きな理由として、シャアは、Kivaサイトでの無料支払手続きについて、PayPal相手に交渉することができた。

それまでKivaの最も大きなコストが課金コストだったため、PayPalのパートナーシップにより、Kivaは融資の100%を起業家たちに送ることが出来るようになった。(KivaはMicroPlaceより丸々2年早くスタートすることが出来た。Kivaはアメリカ証券取引委員会(SEC)の利付き投資提供時の必須条項にあわせるための、長くて難しい道のりを必要としなかったことがその理由だ)

他のビッグネームのパートナーもまもなく加わり、Kivaの『サポーター』リストは、今では、アメリカの流行している会社リストのようになってしまった。例えば、YouTubeは、Kivaに対し1億2000万回の広告表示を提供し、Google社も自社の看板商品であるAdWords広告を無料で提供した。Yahoo社も同様にキーワード広告とボランティア従業員を、マイクロソフト社、インテル社、スターバックス社、Facebook社、LinkedIn社など多くの会社も同様に、商品やサービスをKivaに寄付した。

Kivaの非営利と言う立場は、よくある特典ももたらしている。「スタッフはよく食べる」(Jackley)。Kivaの一番初めのオフィスは、サンフランシスコで深く愛されているBlowfish Sushi(ふぐ寿司)と言うすしレストランの隣にあった。Kivaのスタッフは、寄付者や役員のメンバーとふぐ寿司で頻繁に会い、懇意になっていった。ついには、ふぐ寿司とKivaは大きな割引契約を結ぶに至る。「大した話と思えないかもしれないですが、大きな助けになりました。チームは寄付を集めるために長時間費やしていましたが、今では、だれが勘定を持つかをそれほど気にせずに、すぐ隣で、見込み客の寄付者に会うことが出来ます。」

501(c)(3)の団体であることで、Kivaの広報ディレクターFiona Ramseyによれば、2009年で590万ドル(5億9000万円)にもなる団体の運営費に対する支援をお願いするため、Kivaは、支援者たちに声を掛けやすいと感じている。2007ネットインパクトカンファレンスで、Jackleyは、余分に発生する送金費用へのアイデアに狙いを絞った。Jackleyは、アメリカの学校や教室に直接寄付を行うことの出来るDonorsChoose.org社と、世界中の広い領域への直接寄付を容易にするGlobalGiving財団と言う、送金に関連する2つのNPOのメンバーと同じセッションのパネリストだった。観衆の1人が、2つの組織がどうやってコストをまかなっているのかを尋ねた。Jackleyはそこで、DonorsChooseが、ユーザーに対し、ユーザーが行う寄付とは別に、追加の選択肢として、その15%をDonorsChooseに寄付することを提案していることを知った。GlovalGivingは対照的で、ユーザーの寄付の10%を自動的に取っていた。

両者から彼女が思う最高のものを抜き出した結果、Jackleyは、ユーザーに対し、借主に融資する10%をKivaに寄付する選択をお願いすることを提案した。例えば、貸主が、50ドルをウガンダの借主に融資する際、5ドルの送金料を追加の選択肢としてお願いされる。2008年、ユーザーが選択して払った送金料は220万ドル(2億2000万円)に達し、Kivaの運営費の37%を充当しているとRamseyは言う。

他の資金として、Kivaは、他の3つの収益の流れに依存している。助成金、未使用のKivaクレジット(例:現金化されていないKiva証明書、未収集の融資返済金)、「お釣り」(Kivaが銀行口座に資金の利子として得る)の3つだ。Kivaはローンを毎日受けとるが、そのお金をMFIに分配するのは月単位のため、2008年にKivaの口座が得た「お釣り」は370,820ドル(3708万円)になる。非営利であることで、Kivaは財団の基金を受ける資格もある。Kivaはスコール財団、W.K.ケロッグ財団、Draper Richards財団から大きな助成金を受けた。2008年、それらの助成金は合計179万6000ドル(1億7960万円)となった。

(翻訳:三好 力)

 

501©(3)であることのコスト

ファンドの財政は潤沢になってきていますが、非営利団体であり続けるために商用資本を受け入れられない点で不利だとフラナリーは言います。「ベンチャー投資家たちが、私を説得して営利組織にさせようとしてよく面会を求めてきます。」と、彼は言います。「短時間のうちに多額の資金を手に入れることができることは知っています。」その代わりに、「この巨大な塊を、小さくて予測できないかけらにして」Kivaはその資金を徐々に増やさなければなりません。

フラナリーは本当はKivaを営利目的モデルに転換することを考えていました。「2年前、私たちは資金調達でモメました。私はエンジェル投資家からの資金が間違いなく得られると主張し、その考えを会議に持ち込んだのですが、会議はすぐに満場一致でNOと言いました。

時間が経つにつれ、フラナリーは会議に同意するようになりました。「私たちは信頼に基づくコミュニティを作っているのです、」彼はいいます。「私たちは貧者を救うための営利行為を認めるよう人々に頼んでいます。こちら側では、Kivaは人々の好意からの利益を得ないことを約束しています。もしも私たちが営利モデルに転換したなら、Kivaユーザはたぶんもう私たちを信頼しなくなることでしょう。」実際、2006年のアンケートでは、営利モデルになった場合、Kivaユーザの50%は融資を行わないと答えています。

非営利団体である欠点の2つ目として考えられるのは、会議、スタッフ、および他の利害関係者の関心を調整する必要性です。「もしもあなたが営利組織の創設者であれば、事業はあなたのものであり、大きな集団のコンセンサスを得る必要はありません。」フラナリーは言います。「私の心の一部では、そのようにもっと采配をふるいたいし企業家的なのです。」 しかし私の別の面では、みんなが参加してくれているコミュニティにいることに強く感謝しています。それが私にはよかった。」

より多くの利害関係者から注目を浴びることは、反面、501(c)(3)である3番目のコストです。「みんなが非営利組織を高水準に維持しようとします、」フラナリーは言います。「彼らは全てのお金の使い道に注目しています。それが私たちを強くしていくことが、私には嬉しい。しかし、それが組織を遅くするかもしれない、」彼はそう言います。「皆が組織の収益を知り、組織の金融資産を読み、絶えず質問するのです。」

(翻訳:SMZ)

 

現在のKiva

設立以来、Kivaはすばらしい成果を上げてきました。サイトに記載されたほとんどのビジネスは数時間以内に資金提供が確定し、募集するローンがなくなることもしばしば発生します。1時間おきに新しい借り手が追加され、融資したいと希望している潜在的貸手も新しい起業家が追加されていないかよくチェックをしにきます。

小口融資を基本にすれば、ウェブサイトのトラフィックが膨大になることは目に見えていますが、Kivaは、より多くの人々が融資に参加できる機会が増えるようにと一口25ドルでのローンを続けています。「私たちのミッションは起業家のための融資を調達することを最優先にすることではありません。」と、Jackleyは言います。「私たちのミッションは、情報公開されているローンを通じて人間同士がつながる仕組みを提供することだと思います。」「例えば同じ額が集まるなら、少数の大口の貸し手よりも多数の小口の貸し手を集めることを選択します。なぜならより多くの人々がお互いに関わりあう方が私たちの理念だからです。」

現在、Kivaは、世界44ヶ国にある95のフィールドパートナー団体(MFIといわれています)とパートナーシップを結んでいます。 Kivaで提供したローンは97パーセント以上の確率で返済されており、累積貸付高は6600万ドルを超えています。貸し手(レンダー)の数と、貸し手によって資金を供給されたビジネスの平均した数の両方が、着実に増加しています。

また、Kivaは多くのメディアからも注目を浴びてきました。 ビル・クリントン大統領は彼のベストセラー"Giving"で非営利団体とKivaについて触れています。ニューヨーク・タイムズのジャーナリストのニコラス・クリストフは、Kivaを通じて融資された資金が実際にどのようにつかわれているのかを現地レポートと共に報道しています。(editorial piece)。2007年9月には、オプラー・ウィンフリーのテレビ番組でKivaが特集されました。(訳注:アメリカでは知らない人はいないといわれるテレビ番組。日本でいえば、笑っていいとも!で紹介されたぐらいのインパクトか。)その結果、アメリカ中産階級への認知度が一気に高まり、結果としてKivaのサーバをダウンさせてしまいました。

Kivaチームは、自分たちの組織の成長、好意的なメディアの関心、およびサイトに記載された企業家の中で貧困緩和の感動的な事例などを喜びをもって受け入れています。「葦の上で眠っていた途上国の人々が、今ではブランケットを使って眠るようになっています」と、Jackleyは言います。「土壁の代わりに、いまではコンクリートを使っていたり、以前には持っていなかった蚊帳や薬を彼らは使うようになっています」

将来、Kivaは次のような様々な問題の解決をしていこうとしています。何人の借り手が1日$1ではなく今は$2で生活をしているのか、自分たちの家族を一日に2~3回の食べさせてあげられている借り手が何人いるのか?そして、栄養、学校教育、および医薬品などが自分たちの子供に提供できている借り手はどれくらいいるのか?しかし、このプランは、現在組織が持っていない、より多くの技術インフラ、世界中のMFIへのトレーニング、および、直接的なモニタリングや監査の機能を必要とします。 「しかし、私たちは、近い将来に実現します。」と、Jackleyは言います。

色々な面でKivaは成功を収めているといえますが、組織の最も重要なインパクトはウェブサイトを使っている貸し手と借り手の心にあるとJackleyは主張します。 Kivaのミッションは当初から貸し借りを通じて、人々をつなぐことだといいます。彼女は、これらの人脈が"世界を変えていくための最も強力な力"であると言っています。

(翻訳:山下 豊一郎)